株式会社 豊和は
おかげさまで創業100年を迎えました
笑顔と健康を豊かにする
100 YEARS HISTORY
100 YEARS
HISTORY
100年のあゆみ

気がつけば創業100年
街のみなさまと一緒にここまできました
始まりは織布会社
1923(大正12)年、初代岩崎君太郎が呉服屋に丁稚奉公をしていた経験を生かし丸中織布株式会社を創業しました。
当時から和を大切にしていた君太郎は当時の従業員を住み込みで雇い、家族と同じように接し、学校に通わせたりもしていました。
戦中に一旦国に没収された丸中織布株式会社は戦後、豊和織布株式会社(現:株式会社 豊和)として新たに誕生します。
※右の写真:最前列/右から3人目が君太郎。組合の中でも頼りにされていた
| 1923 大正12年 |
初代岩崎君太郎が西尾市新渡場町に丸中織布株式会社を創業 |
|---|---|
| 戦中に軍事産業優先のため工場は没収され、丸中織布株式会社をたたむことに。 |
戦後の激動時代
豊和織布株式会社は工場新設や増設をし、地域と共に順調に成長しました。
しかし、紡績業が時の流れとともに陰りをみせます。様々な業態に挑戦を続けますが、難しい時期でした。
そんな中、二代目岩崎豪詞が代表取締役に就任。
当時懇意にしていた街の方より“製造業ではなく街にサービスをする事業をしてみてはどうだろうか?”とのアドバイスを受けます。
和を大切にする豪詞はアドバイスを生かし、大胆な事業転換を行います。
| 1947 昭和22年 |
豊和織布株式会社として創業 |
|---|---|
| 1952 昭和27年 |
綿紡績工場新設 |
| 1953 昭和28年 |
綿紡績工場増設 |
| 1971 昭和46年 |
不動産業開業 |
| 1972 昭和47年 |
乗馬クラブを運営 綿紡績工場操業停止 |
| 1973 昭和48年 |
二代目岩崎豪詞が代表取締役に就任 |
| 1975 昭和50年 |
アメリカンファミリー生命保険代理店開業 |
モノから
地域へサービスを提供
1974(昭和49 )年より4期連続赤字を出し、二代目岩崎豪詞は紡績業から事業転換を決意します。会社名から“織布”を外し、株式会社 豊和と社名を変更。
そして、織物製造販売業よりサービス業に全面事業転換。街の人々へ健康と文化の提供を目指しスイミング事業を開始します。ちょうど学校にプールができ始めた時期ということもあり、プール事業は時代とともに大きく発展していきました。
健康だけではなく文化を街の皆様にという方針のもと、喫茶店やレンタルショップ、ブックショップなども合わせて展開。文化と楽しみを提供していくことになります。
| 1978 昭和53年 |
事業転換5ヶ年計画開始 |
|---|---|
| 1979 昭和54年 |
西尾スイミングスクールオープン |
| 1986 昭和61年 |
PALスイミング東刈谷オープン |
| 1987 昭和62年 |
織布工場操業全面停止 |
| 1989 平成元年 |
スポーツクラブOXY ·スイミングスクールOXYオープン(豊明市) ピザ・カリフォルニア豊明/西尾オープン カルチャーパーク6·3本社棟オープン |
| 1990 平成2年 |
PALスポーツクラブ6·3 オープン 中京テレビハウジングプラザ西尾オープン PALスイミング6·3 オープン |
人生100年時代に寄り添う
和を豊かにする、をモットーに努力を重ね、街の皆様の健康と文化を豊かにするお手伝いを。そんな思いから様々な地域で豊和が培ってきた健康を育てるノウハウを展開していきます。
新型コロナウイルスの感染拡大によりこれまでの常識が激変し、新しい価値観のもとで新しい生活様式が定着しつつあります。社会変化のみならず人々の意識にも大きな変化を与え、健康問題の重要性が強く認識されるようになりました。
時代の変革を迎え、健康を保つ大切さはますます重要になっています。
こどもの夢と可能性を広げ、人生100年時代を健康に過ごしていただきたい。そんな思いで豊和は街の皆様と一緒にこれからも歩んでいきます。
| 1993 平成5年 |
西尾市総合体育館トレーニング室委託運営 湯遊び広場6·3 の湯オープン |
|---|---|
| 1996 平成8年 |
武豊町・南知多町・日進市のスポーツ施設委託運営業務開始 |
| 2001 平成13年 |
ホワイトウェーブ・トレーニング室委託運営 PALスポーツクラブ6·3 増築 |
| 2010 平成22年 |
三代目岩崎智一 代表取締役に就任 |
be continued


